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【No.52】~それぞれの特別な「旅」の瞬間を描いた物語〜 『遠くの声に耳を澄ませて』 宮下 奈都(著)

こんにちは、ぽっぽです。

今日の一冊はこちら↓

『遠くの声に耳を澄ませて』宮下奈都(著)

『羊と鋼の森』で有名な宮下奈都さんの「旅」にまつわる短編小説です。

短編集なのに物語全体に深みのある一冊です。
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本の概要(あらすじ)

「私はひとりでどこへでも行ける。そんなことも忘れていた」

 

一歩前に踏み出す勇気をくれた、波照間島の碧い空と海。

 

忘れたいと封印してきた、シチリア島の記憶。

 

静かに恋の終わりをむかえた朱鞠内湖。

 

淡々と過ぎる日常で、悩み立ち止まる人々の気持ちをそっと押してくれる「旅」

 

12の物語が少しずつ絡みあう、短編小説集。

3つの特徴

旅にまつわる12の物語

すべての物語で「旅」がテーマになっていますが、実際にどこかに旅する話だけでなく、旅に出たことのない人の話や、旅の思い出の話など、バラエティ豊かな内容になっています。

・どこにも出かけたことがなかった祖父母に、実は豊かな旅の記憶があることを知った<私>の物語「アンデスの声」

 

・パン教室で知り合った陽子ちゃんから突然誘われ、波照間島へと向かう<私>の物語「転がる小石」

 

・「世界中を旅したい」と家を出た息子から届いた葉書で、かつての恋人との旅の記憶がよみがえる<私>の物語「どこにでも猫がいる」

 

・恋人との関係に悩み、体の不調を感じて台北にいる医者を訪ねる<私>の物語「部屋から始まった」

 

・旅先の温泉で、友人から驚きの、しかし喜ばしい秘密を打ち明けられた<私>の物語「初めての雪」

 

etc….

どの物語も淡々としていますが、著者ならではの繊細で瑞々しい文章で紡がれています。

少しずつ重なり合う登場人物たち

短編小説なのでそれぞれの物語は独立していますが、ある物語の主人公が別の物語でも登場するなど、少しずつ重なり合っています。

「アンデスの声」の主人公・瑞穂は、ある物語では思い出の転校生として、またある物語では主人公の又従妹として登場します。

「どこにでも猫がいる」で登場した<私>の住んでいるマンションの管理人は、ある物語では入院患者として、またある物語では<私>の昔の恋人として登場します。

「初めての雪」で<私>に秘密を打ち明ける友人の梨香は、ある物語の主人公です。

こんなふうに、過去と現在、現在と未来、こことどこかがが少しずつ混ざり合うことで、彼らの物語につながりが生まれています。

ひとつひとつの物語は短いですが、それを感じさせないくらい、読み終えたときには長編を読んだくらいの奥行きと広がりを感じることができました。

「転がる小石」

友人・陽子ちゃんからの「波照間島に来ない?」という突然の電話に、戸惑いながらも行く決意をする<私>の物語。

ふたりの出会いは、パン教室。

気まぐれでパン教室に参加した<私>は、想像以上のハードさに打ちのめされます。

上等だと思っていた世の中を、実はなめていたのかもしれない。適当にやっていれば、適当にやっていける。社会人生活十年目にしてそんなふうに思いかけていたところだった。適当にやってちゃ、あのパンは焼けない。いつどんなときに食べてもしみじみとおいしいものが、適当につくられるわけがなかった。

パン教室で打ちのめされた気持ちで繋がっていた<私>と陽子ちゃん。

しかし、少しずつずれていってしまったふたり。

陽子ちゃんの髪はどんどん短くなり、前か後ろかわからない洋服を着るようになり、仕事も辞めてしまいます。

ほとんど話も通じなくなってしまった陽子ちゃんと、もう会わないほうがいいと思っていた<私>。

そんなふたりが、ふたたび波照間島で気持ちを通わせます。

「ここで毎日さとうきびの林を歩いたり、砂浜で寝転んだりしてたら、急に来たんだよね」

「何が来たの」

「逃ゲ回ッテイル時ハ既ニ過ギマシタ、ってお知らせが。そしたら、すっごく梨香さんと話したくなったの」

陽子ちゃんのやわらかい素直な声を久しぶり聞いた<私>は思います。

怖がっていたものの正体を見きわめられたなら、もう、新しい一歩を踏み出していけるってことだ。陽子ちゃんは道草をやめた。簡単には近づけないものから目を背けるんじゃなくて、正面に見据えて半歩ずつでも近づいていく。そういう覚悟を決めたんだろうと思う。

波照間島の碧い空に包まれながら、ふたりの未来に思いを馳せる。

とても印象的な物語でした。

本の感想

宮下さんの短編小説ははじめて読みましたが、短編とは思えないほどの奥行きを感じました。

 

単調にみえますが、時間軸や空間軸がきちんと存在しているので、それが物語全体に奥行きを感じさせてくれるのだと思います。

 

短編小説というと、ぺらぺらで物語に厚みがないイメージもあるかもしれませんが、そんなイメージを払拭してくれる作品です。

 

それぞれの登場人物が別の物語でも登場しているので、最後まで読んだらきっともう一度最初から読み返したくなると思います。

 

私が初めて読んだときは、ひとりだけ同一人物だと気づかない人がいました。

(今回久しぶりに読んだらまた気づかずスルーしてしまいました)

 

さまざまな人生の帰路に立つ登場人物たちを優しく見守るような、読んだ後には自分も少し背中を押されているような、そんな気持ちになれる一冊です。

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印象に残った言葉(名言)

「悲しいときに泣けない。つらいのに微笑んでいる。そうして、別れたくないのに追いすがれなかった」

 

「夢は、ごはんと糠漬けとおみおつけだけの朝ごはん。それでじゅうぶん、と思えるような暮らしがしたい」

 

「コーヒーって、これからのための飲みものって感じがするもの」

 

「紅茶は、どちらかというと、振り返るための飲みものなんじゃないかなあ。何かをひとつ終えた後に、それをゆっくり楽しむのが紅茶」

宮下奈都さんの他の作品

【No.10】~本屋大賞受賞の感動作~ 『羊と鋼の森』 宮下 奈都(著) 【No.37】~なりたい自分をみつけたくなる、心に響く物語~ 『太陽のパスタ、豆のスープ 』宮下 奈都(著) 【No.59】〜不器用で真っ直ぐな女の子の、しあわせの景色を切り取った物語〜 『窓の向こうのガーシュウィン』 宮下 奈都(著) 【No.69】〜『羊と鋼の森』の著者、宮下奈都さんの幻のデビュー作〜 『静かな雨』宮下 奈都(著)

この本の総評

読みやすさ
(5.0)
構成
(4.0)
(3.0)
文章
(4.0)
総合評価
(4.0)

 

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