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こんにちは、ぽっぽです。
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『樽とタタン』中島京子(著)
ツヤツヤと輝く美しいりんごが印象的な、タルトタタン。
“タタン姉妹”の思わぬ失敗から誕生したスイーツとして知られている(諸説あり)、フランスの伝統菓子です。
しかし、本書にこのタルトタタンは登場しません。
これは主人公が子ども時代を過ごした喫茶店にまつわる、不思議な思い出の物語なのです。
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目次
本の概要(あらすじ)
「あの店に来ていた客たちは、誰もがどことなく孤独だった」
小学生の頃、学校帰りに毎日通っていた喫茶店。
私はそこで、小説家の老人から「タタン」と名付けられた。
無口なマスターが営むその喫茶店にやって来るのは、いつもの常連客と、ちょっと奇妙な人たち。
大人ばかりの喫茶店で幼少期を過ごした私が思い出す、懐かしくて不思議な記憶の物語。
この本を推したい人
本書はこんな人たちに推したい本です↓
- 喫茶店が好きな方
- 懐かしい気持ちになりたい方
- 現実と虚構が入り混じった世界を堪能したい方
本の感想
本書の主人公は、かつて「タタン」と呼ばれていた女の子。
小学生時代を過ごした喫茶店での思い出を、大人になった「私」が語るという、全九話の連作短編形式の物語です。
どのエピソードも淡々と語られていて、妙にドラマチックであったりやたら感傷的だったりする、なんてことはなく。
でもそこが魅力の一つでもあります。
タタンは淡々と
両親が共働きだったため、学校帰りに坂の下の喫茶店に預けられていたタタン。
そこには同年代の子どもがいるわけでもなく、面倒見の良い大人がいるわけでもなく。
ただ、無口なマスターとそのときの客がいるだけの喫茶店でしたが、タタンはそこに居心地の良さを感じていました。
彼女のお気に入りは、店の隅っこにある赤い大きな樽の中。
その中に入っている私を見つけた常連客の白ひげの老人が、タタンというあだ名を付けたのです。
常連客は他に甲高い声の神主や、歌舞伎役者の卵のトミー、ただ黙々とコーヒーを飲んで帰る学者などなど。
そんな彼らの顔も忘れ難くはあるのですが、ある日突然やってきて、強い印象を残した人たちもいました。
未来からやってきたという女性や、自分を吸血鬼だと語る男性、しもやけと友達になる方法を教えてくれたサンタ・クロース。
大人になった彼女が思い返すのは、むしろそういうちょっと風変わりな人たちとの思い出なのです。
客たちが語る物語は、どれもおかしなものばかりで。
しかし、それが主人公の淡々とした口調で語られると、不思議と現実と空想の境界が曖昧になるのだからおもしろい。
子どもの記憶らしいユニークさがありつつも、どこか乾いた感じのする語り口が妙に味わい深かったです。
ぱっと消えてぴっと入る
タタンが喫茶店に通うようになった経緯が明かされるのは、四つ目の物語。
タタンと祖母の交流を描いたこの物語を読むと、彼女が喫茶店に居付くようになった理由がおぼろげながらもわかるような気がします。
ちなみに「ぱっと消えてぴっと入る」というタイトルは、祖母の死生観を表している言葉。
祖母曰く、人は死んだら「ぱっと電気が消えるみたいに」生きていたときのことがみんな消えて、生きている者の中に「ぴっと入ってくる」らしい。
なんだか矛盾しているようにも思えますが、生者にも死者にも優しい死生観とも言えるかもしれません。
死者は痛みやつらいことが全部ぱっと消えて楽になって、生者は胸の中にぴっと入ってきた死者とともにこの先も生きていく。
最後にタタンが語った「死者の思い出が生者の生を豊かにする」という言葉が、とても印象的な物語でした。
本を閉じればぱっと消えてしまう儚い物語たちも、ぴっと私たちの胸の中に入り込んで、人生を豊かにしてくれているのかもしれません。
思い出の喫茶店
ところで、カフェと喫茶店の違いはなんでしょうか。
厳密な定義ではなく、あくまでイメージの話。
「コーヒーを飲むところ」という点ではどちらも同じですが、私の中でカフェと喫茶店に対して真逆のイメージを持っていることに気がつきました。
まずはカフェ。
カフェといっても本当に様々な店がありますが、私が真っ先に思い浮かべるのは、清潔感のある開放的で爽やかな空間。
インテリアは淡い木目調で統一され、大きな窓からは日の光がたっぶりと差し込み、店内を明るく包み込む。
カウンターには笑顔が素敵な店員さんが立っていて、透明なショーケースの中には魅力的なスイーツやサンドイッチが並んでいるのだ。
コーヒーとともにそれらを楽しみながら、午後のひと時を過ごす贅沢な時間。
一方で、喫茶店。
こちらは昔ながらのレトロな雰囲気漂う、どこか閉鎖的でしっとりとした空間。
傷のついたテーブルや色褪せたソファがその店の年月を物語っており、豆電球のオレンジ色の光で照らされた店内は、すこし仄暗い。
いつの時代のかわからないポスターが貼られた壁には、コーヒーやタバコの匂いが染み付いている。
常連客はカウンターの席に座り、無口なマスターが淹れてくれる濃くて苦いコーヒーを飲みながら、それぞれに好き勝手なことを話して帰っていくのだ。
奥のテーブルでは、ときどき仕事の商談や怪しげな勧誘なんかが行われていて……
と妄想がどんどん広がっていきますが、私がイメージする喫茶店はこんな感じです。
そして今回物語の舞台となっているのは、カフェではなく喫茶店。
喫茶店というものが身近にあった年代の方たちの方は、自分がよく通っていた店を思い浮かべながらこの物語を読むのかもしれません。
私はいわゆる昔ながらの喫茶店というものに興味があるものの、こんな若輩者が入ってもよいのかと躊躇してしまい、結局諦めてカフェに入ってしまう臆病者。
そのため、私の喫茶店に対するイメージは、本書のように物語の中で描かれる喫茶店によって培われたものなのでしょう。
本書のタタンのように「思い出の喫茶店がある人生」というものに、少し憧れてしまう。
子どもの頃の懐かしい記憶
本書を読んで、自分の幼少期を思い出して懐かしいと感じた人もたくさんいるのではないでしょうか。
子どもの頃に入った喫茶店を思い出した人もいるだろうし、タタンのように不思議な体験が甦った人もいるかもしれません。
ただ、記憶というのは多かれ少なかれ、美化したり脚色したりするものだと思います。
ところどころ曖昧で辻褄が合わなかったり、やたら鮮明に残っている場面があったり。
実際のところ、この物語のように「今となっては何がほんとうなのかわからない」なんてものばかりなのかもしれません。
それでも温もりを持った思い出が心の中にあるというのは、とても尊いことなのではないか。
この物語を読んで、何一つとして子どもの頃の懐かしい思い出が甦らない私は、そう感じました。
しかし私はこうも思います。
あと数十年も経てば、未来の私が思い出すのは、現在の私が積み重ねた思い出の数々なのではないかと。
今の私には懐かしいと感じられるような幼少期の記憶はないけれど、未来の私の心はきっと、たくさんの思い出で満たされているはずだ。(……たぶん)
この先の私が今の私を思い出して、懐かしい気持ちになってくれたらそれでいいのかもしれません。
まとめ
今回は内容について詳しくというより、本書を読んであれこれと思いを巡らせたことについて書き連ねてみました。
感情移入するタイプの物語ではないかもしれませんが、本書を読んだことで、忘れかけていた思い出がふと甦った。
なんてこともあるのかもしれません。
思い出の喫茶店や幼少期の懐かしい記憶など持ち合わせてはいない、私のような読者の心の中にも、ぴっと入り込んでしまう一冊でした。
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次に読んで欲しい一冊
『金曜日の本』吉田篤弘(著)
本書と合わせておすすめしたいのは、吉田篤弘さんのこちらの一冊。
著者のファンとしてはたまらない、まるで小説のようなエッセイ集です。
レトロな雰囲気や静かな読み心地が、今回ご紹介した『樽とタタン』と似ているような気がして選びました。
(以下あらすじ)
「本を買うというのは、「未来と約束すること」なんだと気づいた」
僕は金曜日に生まれた。
子どもの頃の僕は「おとなしかった」「無口で」「いつも本を読んでいた」と、大人たちは口を揃える。
最初の記憶は一歳のとき。
小さな本屋で、読めるはずもないイソップとグリムの童話集を熱心に読んでいたーー。
小説家にして装幀家である著者の少年時代が甦る、何度でも読みたいエッセイ集。
【二冊のつながり】
共通するキーワードは「子どもの頃の思い出」。
以下のような点で、私はこれら二つの作品につながりを感じました。
- 小説家の主人公(『金曜日の本』は著者)が、自身の子どもの頃を描いた作品
- 現実と空想の狭間を漂うような、不思議な世界観
- 淡々とした文章から滲み出る、優しい温もり
『樽とタタン』では“不思議な人たちとの思い出”が。
『金曜日の本』では“本との思い出”が描かれているので、また違った味わいがあると思います。
ぜひ本書を読み終えた後は、こちらの作品も読んでみてください。
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【No.144】小説家にして装幀家の著者が綴る、少年時代の思い出と本をめぐる記憶『金曜日の本』 吉田 篤弘(著)印象に残った言葉
「吸って、吸われて、我々は。こんにち、この日に、至ったわけだ」
「死者の思い出が生者の生を豊かにすることを、わたしは祖母を亡くしたとき初めて知ったのだった」
「僕が入る喫茶店の選び方はね。店に有線がないこと、店にテレビがないこと、店で誰も野球の話をしないことなんだ」
「誰かを思って泣く孤独はいいものだ。それがいかに辛かろうといいものだ」
「恋ほど孤独なものはない。恋ほど豊かな孤独はない」
「恋だけが、人から境界を奪う。恋だけが、階級も国籍も年齢も性別の壁も超える」
「小説家には一つだけ、聞かれても答えなくていい質問がある」
この本の総評
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