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こんにちは、ぽっぽです。
今日の一冊はこちら↓
『静かな雨』宮下奈都(著)
『羊と鋼の森』の著者・宮下奈都さんのデビュー作で、2004年文學界新人賞佳作に選ばれた『静かな雨』
実力派若手俳優・仲野太賀さんと、乃木坂46を卒業し女優として歩み始めた衛藤美彩さんのW主演で映画化もされています。
本の概要(あらすじ)
「もう半分は、あきらめの色」
会社が倒産した帰り道に出会った、<こよみ>という女性がひとり営んでいる、美味しいたいやき屋。
足繁く通うようになった<行助>は、徐々にこよみと親しくなっていく。
しかし、ある日こよみは交通事故に巻き込まれ、意識が戻らなくなってしまう。
三ヶ月後に目を覚ますと、新しい記憶を留めておけなくなっていた。
忘れても、忘れても。少しずつ積み重なっていくふたりの時間。
宮下奈都さんの瑞々しいデビュー作。
3つの特徴
僕とこよみさんの出会い
雪が降り出したクリスマス。
<僕>こと<行助(ゆきすけ)>は、会社の倒産を告げられた帰宅途中、たいやき屋を見つけて足を止めます。
パチンコ屋の裏にある、小さなプレハブのたいやき屋。
たいやきを一つ買い、歩きながらひとくち食べて、あ、と立ち止まる<僕>。
店に引き返し「これ、おいしい」と店主のこよみさんに伝えます。
黒目がちの目を大きく見開き頬をぱっと紅潮させて、「ありがとうございます」とうれしそうにいう彼女。
翌朝目を覚ました<僕>は、ぼんやりした頭で思います。
遠くの方に、何か、なんだったか、楽しいことがあったような気がする。ええと、なんだったかな。僕ははっと身を起こす。たいやきだ。あのやたらおいしいたいやき、それとあのまっすぐな感じの女の子。帰りに、あの店に寄ってみよう。そう思うだけで、身体が軽くなった。
仕事帰りに頻繁に通ううちに、こよみさんと親しくなった<僕>。
彼女から名前を聞かれ、名前の由来を両親のエピソードとともに話します。
ここで読者にさりげなく明かされたのは、<僕>の足について。
僕には生まれつき足に麻痺があった。ずっと松葉杖を使っている。
初めて店に来たときの<僕>の目が忘れられないというこよみさん。色が半分ずつだったと言います。
ひとつは、秋の夜みたいな静かな色。そしてもう半分は、「あきらめの色」。
こよみさんはいろんな話をしてくれますが、その中でも印象に残っているのが、彼女が昔飼っていたリスの話。
胡桃が大好きだった。特別な日のおやつにしかあげないんだけど。そうすると、わ!ってよろこんで、最初は大きくひとくち齧るのね、でもすぐにもったいなくなるらしくて、取っておこうとするの。なるべく人目につかないところに隠しておこうとして、籠を出て、あちこち場所を探すんだ。
「隠したのはどうするの?」と<僕>がたずねると、「それが、忘れちゃうみたい」と言うこよみさん。
他愛もないと感じられた、このリスボン(リスの名前)のエピソード。
のちに<僕>がこの話を思い出す場面で、他愛もなかったエピソードが一気に切なく色を変えます。
実家に帰った際、<僕>にこよみさんのことを「可愛い人?」「いくつ?」など矢継ぎ早に質問する姉。
そのときにはじめて、こよみさんの年齢も知らないことに気づく<僕>。
高嶺の花なんだよ、と思う。思わず笑っちゃうようなおいしいたいやきを焼く人。毎日あのたいやきを焼けることをよろこんでいて、食べた人がおいしさに驚く顔を見るのを何よりも楽しみにしているこよみさん。あきらめない人。僕には高嶺の花だ。
この物語は<僕>の視点でしか語られないため、こよみさんの気持ちを窺い知ることはできません。
だからこそ、この後の展開に読者は想像力を働かせることになります。
「献身」それとも「支配」?
こよみさんを「高嶺の花」だと思っている<僕>は、その花をどうやったら採れるだろうかと思案します。
高嶺の花。今の僕には見上げた頂に咲く花だ。そこで僕は崖を上っていくか、屋根伝いにぐるりとまわるか、岩場をこつこつ切り崩すか。さてどうしようかと思案していたところへ思いがけずもその花がぽとりと落ちてきたのだった。
こよみさんはある朝交通事故の巻き添えになり、意識不明になってしまいます。
毎日こよみさんの病室に寄り、眠りつづける彼女を見守る<僕>。
こよみさんは、三ヶ月と三日眠りつづけたあとで、なんの前触れもなく目を開けます。
口元に笑みを浮かべて、<僕>に「おはよう」と言うこよみさん。
何の問題もなく見えるこよみさんでしたが、医師からは「高次脳機能障害」という診断が下されます。
記憶をつかさどる部位の、針の先のような一点が損なわれていて、短期間しか新しい記憶を留めておけないのだそう。
事故以前の記憶は無事で、ふつうに話して、ふつうに食べて、ふつうに眠る。
ただ、眠ってしまうとその日の記憶はするりと消えてしまう。
こよみさんからさらさらと流れてしまう日々が、<僕>にだけ積もっていく。
つまり、<僕>だけが彼女の”記憶”そのものなのです。
ここまで読んで、私は先ほどの<僕>の言葉を思いだし、背筋がすっと寒くなりました。
さてどうしようかと思案していたところへ思いがけずもその花がぽとりと落ちてきたのだった。
なんとなく違和感の残る「花がぽとりと落ちてきた」という表現。
<僕>から事情を聞いた姉は、むずかしい顔をしてこう言います。
その人、まだよくないんでしょう、そこへあんたが来る。昨日も、今日も、明日も。そうすると彼女としてはほかに選択肢がなくなるわけよ。それでいいの?
それでも<僕>は思います。
こよみさんは、安心して、一日一日を新しく生きていけばいいんだ。こよみさんの中に残っていかなくても、僕の中に残していければ、少しはましじゃない?
そして、こよみさんを自分の部屋に引っ越しさせ、一緒に暮らすようになった<僕>。
新しい記憶を留めておけないこよみさんを支える<僕>は、読者の目には二通りの映り方をするでしょう。
ひとつは、<僕>の「献身」「純粋な愛」
もうひとつは、<僕>の完全なる「支配」
先ほど感じた違和感は、ここにつながります。
私が感じたのは圧倒的に後者。おそらく<僕>にはそんなつもりはないと思います。しかし、<僕>の視点でしか書かれていない物語からは、こよみの気持ちもふたりの関係性も客観的に知ることはできないのです。
日をつなぐ
『静かな雨』の後に収録されている『日をつなぐ』
この物語の主人公は、<僕>の姉・真名。
彼女と旦那さんの初々しくて爽やかな恋愛の様子ではじまる物語ですが、そこから一転して不穏な空気が漂ってきます。
縁もゆかりもない土地で、妊娠をした<私>。ひどいつわり、仕事が忙しくだんだん帰ってこなくなる夫。
赤ん坊が産まれてからも、慣れない育児と家事に疲れ果て、夫とも滅多に顔を合わせなくなります。
限界だ、と思った時に真っ先に思い浮かんだのは、「豆」でした。
それからはしょっちゅう安らぎを求めて豆スープを作るようになる彼女。
疲れている。髪が伸びている。赤ん坊は泣きじゃくる。
思いついて、CDプレイヤーでバッハのフーガをかけてみる。音楽がからだの中に入ってくる。バイオリンの音色が血液に乗ってからだじゅうに流れていく。
とにかく、一曲。一曲聴くことができさえすれば道が開けるような気がした。
赤ん坊を忘れて、一曲分だけ時間をとめようと思い、ヘッドフォンをつける。しかし、つい深く眠ってしまいます。
からだを強く揺すられて起きる。はずされるヘッドフォン。途端に耳に入る、赤ん坊の泣きじゃくる声。
前半の爽やかな恋愛物語からの、リアリティあふれる家庭の物語、そして読者を不安の底に叩き落とす「最後の一行」。
全てを明かさないことで、読者の想像を良い方にも悪い方にも掻き立てます。
本の感想
読み始めて数行で、「あれ?」と思いました。今まで読んできた宮下さんの小説と、どこか違う雰囲気を感じたのです。
読後に著者のデビュー作だったことを知り、妙に納得すると同時に、構成力の高さはこの頃からなのだと驚きました。
そして表現力に関しては、その後の作品と比較してみることで著しい飛躍を感じられます。
”切ないラブストーリー” ”純愛” と謳われている物語ですが、私はほんの少し、ざわっとするものを感じました。
<僕>の行動を「献身」ととるか「支配」ととるかで、この感想は変わってきそうです。
(「解説」では後者の可能性を示唆しています。)
物語自体は他の作品と比べると短く、『静かな雨』と『日をつなぐ』でそれぞれ100ページほどですが、本の薄さからは想像できないほどの深みを感じました。
この作品に登場する「豆」や「音楽」はその後の作品『太陽のパスタ、豆のスープ』『羊と鋼の森』につながっていきます。
他の作品を読んでからデビュー作に戻ってみると、だんだんと洗練されていく様子をみてとることができるので、おすすめです。
印象に残った言葉(名言)
「あきらめを知ってる人ってすぐにわかるの。ずっとそういう人たちを見てきたから。あきらめるのってとても大事なことだと思う」
「あたしたちは自分の知っているものでしか世界をつくれないの。あたしのいる世界は、あたしが実際に体験したこと、自分で見たり聞いたりさわったりしたこと、考えたり感じたりしたこと、そこに少しばかりの想像力が加わったものでしかないんだから」
「新しいものやめずらしいものにたくさん会うことだけが世界を広げるわけじゃない。ひとつのことにどれだけ深く関われるかがその人の世界の深さにつながるんだとあたしは思う」
「月が明るいのに雨が降ってる」
「ごはんをつくるのは義務なんかじゃない。たとえ専業主婦であってもだ。義務なんかにしたらつくれなくなってしまう」
宮下奈都さんの他の作品
【No.10】~本屋大賞受賞の感動作~ 『羊と鋼の森』宮下奈都(著) 【No.37】なりたい自分をみつけたくなる、心に響く物語『太陽のパスタ、豆のスープ 』宮下奈都(著) 【No.52】それぞれの特別な「旅」の瞬間を描いた物語『遠くの声に耳を澄ませて』宮下奈都(著) 【No.59】不器用で真っ直ぐな女の子の、しあわせの景色を切り取った物語『窓の向こうのガーシュウィン』 宮下奈都(著)
この本の総評
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