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失われた風景と幻の音楽をめぐる長編小説『ソラシド』吉田篤弘(著)

こんにちは、ぽっぽです。

235冊目はこちら↓

『ソラシド』吉田篤弘(著)

「まずいコーヒー三部作」の一冊。

幻のデュオ「ソラシド」の音楽をめぐり、1986年の記憶と風景を辿っていく、兄と妹の物語です。

著者自身の経験をひもとくようにして描かれた物語は、冬のような冷たさの中にじんわりと沁みる温かさがあって。

吉田ワールドの新たな一面を垣間見ることができた作品です。

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本の概要(あらすじ)

「まずいコーヒーの話でよければ、いくらでも話していられる」

古いレコードと、まずいコーヒー。

幻のデュオと、行方不明のダブル・ベース。

「冬の音楽」を探し求めてもつれあう、過去と現在の物語。

この本を推したい人

本書はこんな人たちに推したい本です↓

  • 1980年代の空気感を味わいたい方
  • 当時レコードばかりを聴いていた方
  • 吉田篤弘さんの「針がとばない」小説を読みたい方

本の感想

私は、昔を懐かしむ大人が苦手だ。

しかし、どういったわけだろう。

著者の描く“過去ばかりを振り返ってしまう人たち”が、私はとても好きなのだ。

驚きと戸惑い

「まずいコーヒーの話でよければ、いくらでも話していられる」

こんな冒頭で始まる物語に、惹かれないわけがない。

そんなことを思いながら読み始めた本書。

いつものように、読み始めた瞬間から物語の世界に惹き込まれ…..

ない。

あれ、なにかおかしい。いつもと違う。

そんなことを思ったのは、おそらく「おれ」という一人称に違和感をおぼえたから。

吉田さんが描く主人公は、いつだって「ぼく」や「私」だったはずだ。

しかし、驚いたのはそれだけではない。

本書では「娼婦」や「ストリッパー」「男女の営み」などという、生々しい言葉が使われているのだ。

もちろん他の作品でこういった言葉が使われていても、特になにも思わないだろう。

だがこれは、あの吉田篤弘さんの作品だ。

これまで抱いてきた著者の作品と結びつかない言葉たちに、私は大いに戸惑ってしまったのだ。

冬の音楽と幻のデュオ

そんな違和感を抱えながらも、おそるおそる先に進んでみる。

二十六年前、まずいコーヒーを飲みながらレコードばかりを聴いていた「おれ」も、気づけば五十歳。

二十四時間営業のナンデモ屋の二階に住みながら、ピザばかりを食べる毎日を過ごしていた。

そんなある日、歳の離れた妹が「おれ」の部屋から見つけ出した、昔の雑誌『BE』。

ぼんやりとページをめくっていると、愛してやまないビートルズの「サボイ・トラッフル」という文字が。

「おれ」はそこで<ソラシド>という名前の女性デュオのコラムを見つけーー

と、ふと気づけば、序盤に感じていた戸惑いなんてものはどこへやら。

いつものように、すっかり著者の創り出す世界に没入していました。

「針が飛ばない」長編小説

ということで、本書は1986年と2010年代前半を舞台に描かれた、「針がとばない」長編小説です。

いつもは探しものが見つからないまま「ここではないどこか」にとどまり続けているような感覚がありますが、今回はちょっと違っていて。

眠っている過去の扉を少しずつ開いてゆき、最後はそこから一歩先へと進みだすような。

そんな読後感のある物語でした。

ベースとなるのは、1980年代に「冬の音楽」を奏でていた<ソラシド>という幻のデュオの行方。

「1986年の回想」「主人公の現在」「ソラシドについて」という、三つのレイヤーで構成されています。

1986年というと、ちょうどバブル景気に突入した時代ですよね。

この時代を経験していない私からすると、とてもにぎやかで華やかな印象があります。

しかし本書で描かれているのは、そんな派手さとは無縁の、誰にも知られることのないこじんまりとした世界。

妹のオー、ダイナマイト・シャツのニノミヤ君、タテ場のシシドさん、けむり先生、理恵さん……

彼らと一緒に失われた風景をたどっていくと、まるで冬のような音楽がどこからか聴こえてくるような。

そんな読み心地がしました。

(本書は「音楽のようにリズムを感じる文章」を目指して書かれたそうです)

幻想的でレトロな雰囲気はいつも通りだけれど、今回はほんの少し「現実」の方に寄っていて。

もつれあう記憶をゆっくりとときほぐしていく過程は、優しいミステリーのようでもあります。

やっと辿り着いた扉を開き、そこに封印された「思い」に触れ、最後はそっと扉を閉じて「Don’t Disturb,Please」の札を掲げておく。

「本当のこと」を眠らせたままにしておくのは、ちょっともどかしくもあるけれど、どこかほっとするような安心感もあって。

私の知らない時代にソラシドという名前のデュオが、本当に冬の音楽を奏でていたのではないか。

そう思えてならないのは、「針がとばない」本書だからなのかもしれません。

ちなみにこのような物語を描くに至った経緯などは、あとがきに記されています。

(今回感じた違和感の理由も、このあとがきを読んで腑に落ちました)

単行本にはあとがきがなく、文庫化にあたって大いに加筆訂正もされているようなので、読み比べてみるのも楽しそうですね。

著者の作品の中ではめずらしく起承転結がある物語なので、初めて読む方にもおすすめの一冊です。

「針がとぶ」方の小説もぜひ。

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【No.130】消えてゆく時間と想いに火が灯る、響き合う7つの物語『針がとぶ』 吉田 篤弘(著)

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印象に残った言葉

「本編をまともに読んだことがない。あとがきほどには面白くないと知っていたからだ」

 

「エマシタ君ね、文章は順番が大事なんです」

 

「なぜ、言葉はこぼれ落ち、音は覚えようとしなくても記憶に留まるのか」

 

「探してるものは見つからなくて、探してないものが、次々と見つかる感じ」

 

「擦り減らなかったら嘘ですよ。だって、鉛筆は擦り減るでしょう?書くっていうのはそういうことです。書いた分だけ、確実に擦り減っていくんです」

 

「おそらく、明快な理由のない執着こそが人生に喜びをもたらす」

 

「もしかして、沈黙がいちばんの音楽なの?」

 

「自分たちはいつも、冬の空気の中にある、冬の音楽をつくりたいんだと」

 

「人生は皿洗いの連続だから」

 

「何度でも言いたい。音楽は前へ進んでゆくものだ」

 

「逃げながらも留まりたかった。前へ進みながら帰りたかった。そんな右と左を向いた思いをひとつにする術はないものかとずっと探してきた」

 

「思いはひとつなのに、どうして意見は分かれてゆくんだろう」

 

「思いは言葉になりにくいけれど、意見は言葉で出来てるからじゃないかな」

 

「この世でいちばん哀しいのは、一度も語られることのなかった物語、一度として奏でられることのなかった音楽だ」

 

「もし、姉さんが先に逝ってしまったら、僕は迷わず姉さんになるよ」

この本の総評

読みやすさ
(4.0)
雰囲気
(5.0)
音楽
(5.0)
読後感
(5.0)
総合評価
(5.0)

 

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