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こんにちは、ぽっぽです。
今日の一冊はこちら↓
『暗いところで待ち合わせ』乙一(著)
以前読んだ『失われる物語』の雰囲気がとても良かったので、似たような雰囲気を感じるこの作品も読んでみました。
ホラーみたいな表紙ですが、内容はとてもあたたかい作品なので、是非読んでみてほしいです。
本の概要(あらすじ)
「・・・あなたは悪い人じゃないと思っていました」
事故の影響で視力をなくしたミチルは、独り静かに暮らしていた。
ミチルは最近、身のまわりにある違和感を感じている。
食パンが減っていたり、何かがたてる小さな音がきこえてきたり。
この家のなかに、わたし以外の誰かがいる・・・?
ある事件が引き合わせた、孤独なふたり。
奇妙な同居生活が、しだいにふたりの心を通わせていくーー
3つの特徴
孤独なふたりの繊細な描写
「近いうちに、ほとんど目が見えなくなるでしょう」という医師の宣告からはじまる物語。
多くの人が嘆き悲しむような出来事ですが、ミチルは”視力をうしなう”という絶望的な事実をたんたんと受け入れます。
この暗闇は永遠に続く。そのことをミチルは、さほど悲観しなかった。暗闇は暖かかった。それに包まれていると、世界には自分しかいないように思える。
暗闇は普通、恐怖の対象ですが、ミチルにとって暗闇は、毛布に包まれているように心地よいものなのです。
ミチルは子どもの頃から、不器用でうまく周囲に溶け込めない性格でした。
日ごろから、自信のかけらもなかった。自分の姿は、どこかおかしいのではないかと、いつも不安だった。どこかで笑い声が起こると、自分が話題にされたのではないかと、いつも怯えていた。
視力をうしない大学を中退し、一緒に住んでいた父もまた、病気で亡くなってしまった。
天涯孤独になってしまったミチルの家に、警察に追われるアキヒロが隠れ住むようになったのです。
アキヒロもまた、人付き合いが苦手で孤独を抱えて生きてきた人間でした。
話をしている最中は、普通に応対できるし、まともなことを話すことができる。しかしその後で一人になると、会話の内容を思い出し、ひとつひとつの言葉を反芻してしまう。自分の言ったことについては自己嫌悪し、相手の言葉については様々な疑問があふれる。会話の最中には気づかなかった意思や価値観のすれ違いに気づき、打ちのめされる。
印刷会社に勤めるアキヒロでしたが、会社の先輩に目をつけられ、嫌がらせを受ける毎日。
ある朝、駅のホームで起きた事件の犯人として、アキヒロは警察に追われることに。
目の見えない女性と、殺人事件の犯人として追われる男。
ふたりの奇妙な同居生活の行方はーー?
徐々に近づいていくふたりの距離
ミチルは、微かな物音などから、家に何かいるのではないかと感じるようになります。
何かがいるとしたら、おそらく人間なのだと思う。だれかが静かに、声や物音を出さないようにして潜んでいる。
気づいたことに気づかれてしまうと、何かされるかもしれない。
そこでミチルは、気づいていないフリをして過ごしますが、ある出来事をきっかけに、お互いの存在をはっきりと認識してしまいます。
彼女が知っているのだということを知ってしまったアキヒロ。
しかしミチルは、通報することも追い出すこともせず、それからはふたり分の食事を用意し、アキヒロが一緒に食べるのを待っているのです。
シチューの温かさが、それまでずっとあった緊張をほぐしていくようだった。お互いのいた場所から、いっせいのせで踏み出して、少しだけ歩み寄ったような気持ちになった。
そして、独りで生きていたミチルの生活の中に、アキヒロの存在がはめこまれたのです。
会話をするわけでも、笑いあったりするわけでもなく、それでも少しずつふたりの距離は近づいていきます。
世界と関わらずに独りで生きていきたいと思っていたミチルでしたが、アキヒロとの温かい沈黙を共有していくうちに、自分の本心に気づきます。
これまでずっと、かろうじて自分を支えていた細いものが、軽い音をたてて次々と折れていく気がした。目は見えない。でも、涙だけは流れるようにできていた。
台所の床に立ちすくんだまま覚った。一人で生きていけるというのは、嘘だった。
お互いの存在を認識したところから、縮まっていくふたりの距離。
その過程がていねいに描かれていて、ハラハラしたりほっとしたりしながら、ふたりの様子を見守ることができます。
アキヒロの優しさ
ミチルの目が見えないことを利用し、勝手に家に隠れ住むというアキヒロの行為は、決して許されたものではありませんが、奇妙な同居生活を通して、彼の本来的な優しさや誠実さがみえてきます。
ミチルが外出して、自由に家の中を動き回ることができても、アキヒロはほとんどの時間、居間の片隅に座っていた。空き巣のように家の中を歩く回るつもりはなかった。勝手に上がりこんでおいていまさら、と自分でも考える。しかし、戸棚のひとつを開けるのも気がとがめ、ためらわれた。
できるだけ彼女のことは見ないように、関わらないようにと自分に言い聞かせるアキヒロ。
しかし、目の見えないミチルが心配で、手助けをすることで自分の存在に気づかれてしまう危険があるのに、どうしても放っておくことができない。
ミチルがガラスの破片を踏んで怪我をしないようにと、こっそり拾っておく。
燃え盛るストーブの横で眠るミチルを心配し、そっと火力を弱める。
棚が倒れてミチルが怪我をしそうになったら、咄嗟にかばって彼女を守る。
ミチルも暗闇の中で、そんなアキヒロのやさしさを感じとります。
お互いに、そこにいるのだということを知っている。楽しい話で盛り上がることもなく、励ました合ったりすることもない。しかし、もしもミチルが危険な目にあったとき、彼は無言で助けてくれるのではないかと思った。そういったやさしさが、静かな暗闇の中に含まれている。
殺人事件の犯人として追われているということを知ってもなお、アキヒロのやさしさを信頼するミチル。
アキヒロは本当に、殺人事件の犯人なのでしょうかーー?
本の感想
乙一さんは、暗いところにいる人間の心を救い上げるのが、ほんとうに上手です。
ミチルとアキヒロの抱える孤独に共感する人も、たくさんいるのではないでしょうか。
「警察に追われている男が、目の見えない女性の家にこっそり隠れ潜む」という設定からは想像できないような、あたたかさや優しさを感じる物語。
シリアスな部分のなかにも、くすっとしてしまうコミカルな要素があり、そのバランスがとてもよかったです。
(気づかない人は気づかないくらいのコミカルさだとは思いますが)
ラストはやわらかい光が差すような終わりかたで、最近読んだ本のなかではいちばん読後感がよかったです。
本編を読み終わった後はぜひ、著者のあとがきも読んでください。
この作品を執筆した経緯が、茶目っ気たっぷりに書かれています。
今回の『暗いところで待ち合わせ』は、切り捨てたエピソード部分を、ひとつの作品としてまとめたわけです。正直に言うと、捨てたエピソードがもったいなかったのです。枯渇する資源を大切にしなければと思いました。僕は大学でエコロジー工学を専攻していましたし。
この作品は、『死にぞこないの青』という作品にのらなかったエピソードを、ひとつの物語にしたものだそうです。
他にも物語とは関係のない内容(ダイエットの話とか)なども書かれており、著者のユニークな一面が垣間見れます。
乙一さんの他の作品
印象に残った言葉(名言)
「みんなで楽しく盛り上がっている場所よりも、静かに盛り下がっている場所のほうが、居心地がよさそうだった、そう考えるときは、自分は、世界という名前のシチューの中で、溶けずに残った固形スープのようだと感じる」
「相手は勝手に家の中に入っていた正体のよくわからない人間なのだ。それなのに、なぜか自分は信頼して、野良猫と仲良くなろうとするように、おそるおそる接しようとしている」
「だれかに出会って、喜んだり悲しんだり、傷ついたりして、また別れる。それの繰り返しは、とてもくたびれそうだ。それならいっそ、最初から一人がいい」
「せめて私は、あなたのために泣こう。悲しんであげることで、傷つけられたあなたの魂が少しでも癒えるのなら、いくらでも涙を流そう。自分の嗚咽だけでは足りないかもしれないが、それでも私はあなたのために祈ろう。だからもう、これ以上だれも傷つけないでほしい。恨まないでほしい。少し時間がかかるかもしれないが、あなたにひどいことをしたこの世界を許してあげてほしい」
この本の総評
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