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【No.178】架空の司法制度を通して描かれた”憎しみ”と”赦し”の物語『手の中の天秤』桂望実 (著)

こんにちは、ぽっぽです。

今日の一冊はこちら↓

『手の中の天秤』桂望実(著)

大胆な設定の架空の司法制度がテーマの物語。

加害者と被害者、両方の立場から”憎むこと”と”赦すこと”について考えさせられます。

重たいテーマですが、雰囲気は重すぎずに読みやすい一冊。

もしも自分が加害者を刑務所に入れられる権利を手にしたら……?

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本の概要(あらすじ)

「本当は……憎むために、預かり制度を申し込んだんです」

 

厳しい就職活動を乗り越え、なんとか公務員の仕事を手に入れた井川。

 

「執行猶予被害者・遺族預かり制度」の新人担当係官となった彼の最初の仕事は、加害者との面談だった。

 

加害者が涙を流しながら深く反省をしている姿を目の当たりにし、心を打たれる井川。

 

このことを伝えることで、被害者遺族の喪失感は和らぐのではないか、救われるのではないか。

 

そう楽観的に思っていた井川だったが……?

 

架空の司法制度をテーマに描かれる、<憎しみ>と<赦し>の物語。

3つの特徴

架空の司法制度

本書のテーマは架空の司法制度。

「執行猶予被害者・遺族預かり制度」という制度が施行されたという設定の物語です。

ではそれは一体どんな内容なのか。

簡単に説明すると、<執行猶予期間を終えた加害者を、被害者や遺族が刑務所に入れるかどうか決められる>という内容の制度です。

ちなみにこれは希望者のみで、望まない場合は従来通り裁判所が決定を下すことになります。

被害者や遺族が申請をすれば、二年間加害者の生活状況を知ることができ、その後刑務所に入れるかどうか決められる。

加害者がどんな生活をしているのか、どのくらい反省をしているのかを被害者側がチェックできるのです。

被害者や遺族にも裁きに参加する権利が与えられたこの制度。

私もまさにこんな制度があればいいのにと考えていたのですが、本書を読んでそんな単純な話ではないことに気付かされました。

制度はあくまで制度で、それ自体が被害者や遺族の救いになるわけではないんだね……

物語の構成

主人公は大学教授の井川敬治。

「執行猶予被害者・遺族預かり制度」の係官として彼自身が体験した様々な事例を取り上げ、生徒たちに講義をしてゆくというスタイルで物語は進んでゆきます。

といっても講義の様子は最小限で、話の大部分は係官時代の過去の出来事。

「過去を振り返る」というスタンスをとっているおかげで、事件そのものに囚われすぎずに冷静な視点で物語を見ることができます。

重たい内容なのに独特な軽さを感じる作品ですが、それは主人公と指導係の岩崎こと”チャラン”とのやりとりのおかげかと。

青臭い使命感に燃える主人公と、達観しているチャランの対比が面白かったです。

人それぞれ

本書で何度も登場する「人それぞれ」という言葉。

「人それぞれだからね」なんて言われてしまうとちょっと無責任にも感じてしまいそうな言葉ですが、本書を読むとこの言葉が妙にしっくりきます。

憎しみ方も、赦し方も、悲しみ方も、苦しみ方も、人それぞれ。

いろんな事件のいろんな人たちの思いが描かれていて、どれが正解でも間違いでもなくて。

事件に関わった人たちは「加害者」「被害者」「遺族」などという名前でカテゴライズされてしまいますが、立場が同じでも思いは全然異なるものですよね。

加害者を赦したいと願う被害者もいれば、憎しみを糧にして生きる遺族もいて。

我が子を失った父親と母親でも思いは違っていて。

当事者ではないからこそ一人一人の気持ちが想像できて、複雑な気持ちになりました。

「自分ならどうするか?」も考えながら読みましたが、実際にその立場になってみたらまた全然違うのだろうなと。

悪意なく加害者になってしまう可能性、突然被害者や遺族になってしまう可能性。

どちらの可能性も持ち合わせながら生きているのだと思うと、途端に不安になりました。

本の感想

<被害者や遺族が加害者の刑務所行きを決められる>という設定は大胆ですが、

 

「もしもこんな制度が現実にあったなら……」と思わず考えてしまいますよね。

 

正解のない難しいテーマではありますが、雰囲気は重たすぎないので読みやすかったです。

 

(個人的には句読点の多さが地味に気になりましたが)

 

加害者、加害者家族、被害者、被害者家族、係官。立場の異なる人の視点をうまく取り入れているのが魅力の一つ。

 

それぞれの案件をいろんな角度から見ることができるので、広い視点でこの制度について考えることができます。

 

扱っている案件そのものは珍しい内容ではありませんが、架空の制度を絡めた独特のアプローチのおかげか、どこか新鮮に感じました。

 

ちょっと物足りなさを感じたのは、著者の伝えたいことがよくわからなかった点。

 

制度そのものについて、主人公の青臭さ、大学の講義、生徒の反応、チャランのこと。

 

あっちこっちに軸が移動するので、今ひとつ一番伝えたい内容が何かわからなかったです。

 

答えがある物語ではないので仕方ないのかもしれませんが、少しすっきりとしない読後感でした。

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桂望実さんのその他の作品

*おじさんと少年の絆を描いた感動の物語↓

【No.14】~ぐうたらおじさんと少年の感動物語~ 『僕とおじさんの朝ごはん』 桂 望実(著)

 

印象に残った言葉(名言)

「君たちにもわかってもらえらんじゃないかと思う。どちら側に立つかで、物語は違って見えるということが」

 

「一つの事件があったとして、そこにはたくさんの物語が重なり合っている」

 

「私が欲しかったのは、憎む相手です。真実なんて、別に。いりませんよ、そんなもの」

 

「世の中には、考えて、考えて、深く深く思考して、何年もかかってようやく辿り着ける答えってのもあるんだよ。あっという間に出てくる答えなんて、俺は信用できないな」

 

「大抵は、簡単に教えてくれる情報は、それほど価値のない情報なんだよ。最短距離で行こうとするのは勿体ないぞ。寄り道や回り道をしている時に、とっても大事なものに出合うんだ」

 

「人生って、過酷だよ。つくづく思うけどさ。大変な現実から目を背けることで、生き易くなるんだったら、そっちの方がいいだろう」

 

「制度は、あくまでルールじゃないですか。ルールが、人の気持ちに、なにかをもたらすなんてことはないんですよ。人の気持ちに、なにかをもたらせるのは、人の気持ちしかないんじゃないかと思います」

 

「きちんと自分に気持ちと折り合いを付けられた人というのは、格好いいんです。葛藤があるね、人それぞれに。その葛藤を乗り越えた人には独特の雰囲気があるんです」

この本の総評

読みやすさ
(4.0)
設定
(4.0)
キャラクター
(3.0)
読後感
(3.0)
総合評価
(3.0)

 

 

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