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こんにちは、ぽっぽです。
今日の一冊はこちら↓
『ファーストラヴ』島本理生(著)
第159回直木賞受賞作品。
真木よう子さん主演でドラマ化、2021年には北川景子さん主演で映画化もされるようです。
本の概要(あらすじ)
「正直に言えば、私、嘘つきなんです」
父親殺害の容疑で逮捕された聖山環菜。
アナウンサー志望だった彼女は、キー局の二次面接を途中で辞退し、数時間後には父親の胸を包丁で刺した。
端正な彼女の容姿と相まって、事件は大きな話題となるが、動機についてはいまだ不明。
臨床心理士の由紀は、ノンフィクション本の執筆を依頼され、環菜や周囲の人間への取材をはじめた。
だんだんと明らかになっていく少女の過去。
なぜ、彼女は父親を殺害したのか?
そして驚きの裁判の結末はーー?
3つの特徴
物語の設定
ひとりの臨床心理士が、父親殺害の容疑で逮捕された女子大生への取材を通して、彼女の抱える秘密に迫るという設定です。
弁護士や検察官ではなく、”臨床心理士”を主人公にしている設定がポイントかなと思いました。
他の人間なら途中で止まってしまいそうなところを、臨床心理士を置くことで、彼女の心の深いところまで丁寧に探っていくことを可能にしています。
「父親を殺害した美人女子大生」というインパクトのある設定ではありますが、聖山環菜本人は、不自然に幼く弱々しい印象です。
本人は自分を責める言動ばかり、周囲の人間の意見は食い違いをみせるなど、何を信じればいいのかわからない状況が続きます。
本格ミステリではありませんが、多少のミステリ的要素はあります。
物語後半の、法廷での裁判もポイント。
読者はそこで、環菜本人の口から、事件の全容を知ることとなります。
はたして、彼女はいったい法廷で何を語ったのか?
彼女の口から明かされる、思いもよらない真実とはーー?
真壁 由紀:臨床心理士。ノンフィクション本執筆のため、環菜へ取材をする。
聖山 環菜:父親殺害容疑で逮捕された女子大生。
聖山 那雄人:殺害された環菜の父親。画家。
聖山 昭菜:環菜の母親。
庵野 迦葉(かしょう):環菜の弁護士。由紀の義理の弟。
真壁 我聞(がもん):由紀の夫。迦葉の兄。カメラマン。
真壁 正親:由紀と我聞の小学生の息子。
ふたつのテーマ
物語のメインテーマは”父親を殺害した環菜の過去について”ですが、それと並行してもうひとつのテーマがあります。
それが、”由紀の過去”です。
臨床心理士として環菜の心の中を探っていく過程で、由紀の過去や心の傷も明らかになっていきます。
由紀は子どもの頃からずっと、父親に対して許せない思いを抱え続けてきました。
彼女が受けた傷もまた、とても深くて重たいものです。
臨床心理士として真摯に環菜と向き合う由紀もまた、ひとりの傷を抱えた人間。
そしてもう一つ、由紀には秘密がありました。
それは、義理の弟・迦葉との過去の出来事。
「私たち、本当は協力できるほどお互いのことを許してないでしょう?」
後半で明らかになる、由紀と迦葉の秘めた過去の真相も、胸に迫るものがあります。
由紀も迦葉も、それぞれ親に傷つけられた過去をもつ人間です。
彼らが最後まで環菜のために奔走できたのは、職務をまっとうするためだけではなく、環菜と同じように深く傷つけられたことのある人間だったからなのかなと思いました。
そんな傷ついた彼らとこの物語を優しく包んでくれるのが、我聞の存在です。
あの人なら私を傷つけないかもしれない。そう思ったら、なぜか頬を涙が一筋流れた。
環菜にも、我聞のような人がいたら・・・と思わずにはいられなかったです。
著者の人物設定は、ほんとうに絶妙だなと思いました。
母親との関係
物語の設定としては、父親と娘の関係に目が行きがちですが、それ以上に重要なのが母親と娘の関係性です。
父親との関係に問題があるのも確かですが、背景には母親との問題も潜んでいます。
しかし、環菜本人はそのことに気付いていないのです。
母親は環菜の味方をするどころか、検察側にまわって証言をする姿勢を最後まで貫きます。
「仕方ないんです。私にも、どうにもできませんから。あとは環菜が自分の力で更生して、人生をやり直すことを願うしかできません」
一見正論ではありますが、そこから環菜に対する愛情を感じとることはできません。
環菜について話を聞く由紀にも母親はこういいます。
「また環菜の被害妄想が始まった。あの子、虚言癖があるんじゃないですか。本当に、ちゃんとした精神科医に診てもらったほうがいいわね」
由紀は環菜がつぶやいた「私が嘘をつくことで母は安心してました」という言葉を思い出します。
娘に過剰に自己責任を強いる母親。守るべきところを見て見ぬ振りをし、決して手を差し伸べてこなかった母親。
環菜の周囲には、誰一人として幼い彼女を守ってくれる大人がいなかった事実を目の当たりにしました。
「私のせい」「全部私が悪い」「私は嘘つきだから」「役に立たないから、役に立たないと」・・・
極端に自責の念が強く、自己肯定感の低い環菜。それは、おかれた環境が彼女をそうさせてしまったのだと思います。
彼女は父親を殺した、けれどそれ以前に、たくさんの大人たちが彼女の心を殺した。
本来守るべき存在の彼女を、大人たちは好き放題に傷つけて、そして見放した。
たったひとりでいい。彼女を守ってくれる大人がいてくれたら。何度もそう思いました。
本の感想
島本理生さんの作品は『リトル・バイ・リトル』『ナラタージュ』が好きなのですが、今作を読んで他の作品ももっと読んでみたくなりました。
著者の作品といえば、恋愛小説のイメージが強かったのですが、今回は「女性が女性を救う物語」です。
おそらくこの本は、読む側の年齢や性別や境遇などで感じることがちがうと思います。
環菜の置かれてきた状況については特に。(ネタバレしないように詳しくは書きません)
「おおげさだ」「考えすぎだ」「たいしたことない」もしかしたら、そんなふうに感じる人もいるのかもしれません。
それが間違っているとは思いません。
でも、もしそう感じた人がいたら、私はその人に訊きたいです。
あなたは今、ちゃんと彼女の立場でその状況を想像していますか?と。
この本を読む誰もが、傷つけられたことも、傷つけたこともあるはずです。
だから、いろんな人に読んでほしいです。読んで、ひとりの少女の痛みを想像してほしいです。
私はとくに男性に読んでほしいなと思いました。
男性には理解しづらい女性の心理を「わからない」の一言で済ませないでほしい、彼女たちの痛みや恐怖を想像することをサボらないでほしい。
なぜ著者は『ファーストラヴ』というタイトルをつけたのか?
物語を読み終えた後、自分の”初恋”を思い返しながら、考えてみてください。
この作品がたくさんの人の心に届くといいなと切実に思う、そんな一冊でした。
印象に残った言葉(名言)
「他人の痛みの前に、あなた自身が、自分の痛みを感じられてる?」
「この世界ってさ、どんな親でも死んだら子供は心が動くって信じてる人間が大多数だろ。それって本当に本当なのか、皮肉じゃなくて、ずっと俺の中にそんな疑問があったんだよ」
「愛情がなにか分かる?私は、尊重と尊敬と信頼だと思ってる」
「女の子のまわりにはいつだって偽物の神様がたくさんいるから」
「「今」は今の中だけじゃなく、過去の中にもあるのだから」
この本の総評
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