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アンネの日記に秘められた文学作品としての豊かさ『アンネの日記 言葉はどのようにして人を救うのか』小川洋子(著)

こんにちは、ぽっぽです。

238冊目はこちら↓

『アンネの日記 言葉はどのようにして人を救うのか』小川洋子(著)

言葉とは、文学とは、物語とは。

アンネの日記を紐解きながら、文学の尊さについて語られている本書。

以前読んだ小川洋子さんのエッセイでも語られていた『アンネの日記』への特別な思い。

それがより深く、そして熱く語られているのがこの一冊でした。

ぜひ『アンネの日記』と合わせて読んでみてください。

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本の概要(あらすじ)

「優れた文学は必ず待っていてくれる」

ユネスコによって「世界でもっとも読まれた十冊」に選ばれ、二〇〇九年には「世界記憶遺産」にも認定された『アンネの日記』。

この書物の名を知らない人は、ほとんどいないでしょう。

一九四二年六月十二日の日付から始まる『アンネの日記』。

それから二年あまりの期間に綴られたのは、隠れ家時代を中心としたアンネの心の記録。

思春期の心の揺らぎ、大人への不満、性へのあこがれ、将来の夢。

過酷な環境に置かれながらも、けっして絶望することなく、みずみずしい感性で言葉を紡いできたアンネ。

『アンネの日記』が持つ文学的な豊かさについて、真正面から考えてみる一冊。

この本を推したい人

本書はこんな人たちに推したい一冊です↓

  • 『アンネの日記』を読むきっかけをもらいたい方
  • 『アンネの日記』の真の魅力に触れたい方
  • 文学作品として『アンネの日記』を読みときたい方

本の感想

文学作品として『アンネの日記』を読みとく

本書を読んで痛感したのが、私は『アンネの日記』について、書名以外なにひとつ知らなかったという事実です。

ホロコーストの犠牲となった少女が、隠れ家での辛い日々を綴った、暗く悲しい日記。

私はアンネ・フランクを悲劇の少女として認識するあまり、そんな彼女が残した言葉はさぞ悲しいものなのだろうと思い込んでいました。

そんな私がこれまで抱いていた勝手なイメージを覆してくれたのが、この本です。

過酷な状況の中でもけっして絶望せず、隠れ家での生活を「ロマンティックな、おもしろいものと見なしてさえきました」と語るアンネ。

思春期の少女がこれだけ特殊な環境に置かれながらも、客観的な視点を確立し、ユーモアを忘れることなく言葉を紡いでいた。

そのことに私はとても驚かされました。

本書では『アンネの日記』からさまざまな場面の文章が引用されていますが、そのどれもが日記というよりもまるで物語のようで。

そしてその秘密は、日記の構成にあると本書では述べられています。

『アンネの日記』は「親愛なるキティーへ」の一文からはじまりますが、このキティーというのはアンネが作り出した架空の存在。

本来日記に必要ではない読者をあえて設定し、その人に宛てた手紙という形式で綴る。

日記が文学にまで昇華したポイントは、“誰かのために語る”という構成にあったんですね。

十四歳のアンネは日記を書くという行為を通して現実を物語化し、なんとか心の均衡を保ち、言葉の力によって無限の自由を獲得していったのだと著者は語っています。

『アンネの日記』が持つ真の魅力。言葉が、物語が、人間の精神を救うこともあるのだという事実。

「上質な文学にはユーモアがある」「過程を描くことこそが文学」「すぐれた文学は掘り起こしても尽きない宝石を隠し持っている」……

小川洋子さんは本書を通して、アンネの“物語る能力”を高く評価しています。

アンネがいかにみずみずしい感性や冷静な観察眼を持ち、現実を物語に生まれ変わらせる力を持っていたのか。

文学作品として『アンネの日記』を読みとくからこそ発見できる魅力にあふれた一冊です。

アンネ・フランクが果たす役割

『アンネの日記』そのものが持つ魅力が存分に伝わる本書ですが、同時に私はアンネ・フランクが果たす役割についても考えさせられました。

私がこれまで凄惨な歴史を知ったとき、戦争や災害の報道を見たときに、なんとなく感じていた罪悪感。

漠然とした悲しさや憤りは感じるものの、どこか対岸の火事を眺めているような気持ちになってしまう自分。

残酷な現実に打ちのめされている人々の痛みを想像することはできても、共有することはできない自分。

そんな自分とどう向き合えばいいのか。

そのヒントを与えてくれたのは、著者がアウシュヴィッツで収容者たちの髪の毛の展示をみたときの描写です。

年月を経て色が抜け、くすんでしまった、小部屋いっぱいの髪の毛。

そんなあまりに非現実的な光景を目の当たりにしたら、私の思考はきっと止まってしまう。

しかし著者は、そのなかにアンネやマルゴーの髪もあるかもしれないと思った途端、それらがただの髪の山ではなく、一人ひとりの髪の毛であることがはっきりと感じられたそうです。

「犠牲になった無数の人々」と紋切り型で表現するのは簡単だけれど、アンネという人間を知っていれば、数字を生きた人間としてとらえることができる。

ここでたくさんの「アンネたち」が奪われたのだと考えられるようになる。

アンネ・フランクが果たす役割はここにあるのだと、小川洋子さんは語っています。

アンネを知ることで、どこかで実際に起きている悲惨な現状を、他人事で済ませず、自らの身に引き寄せて考えようとすることができるのではないか。

『アンネの日記』を通して想像を巡らせれば、何かしらの痛みを共有できるのではないか。

同じ時代を生きていなくても、どこか遠い国の出来事だとしても。たった一人を知ることで、ぐっと距離が近くなる。

アンネを知ることで、アンネ以外の人たちにも思いを馳せることができるという考えは、私の中でとてもしっくりきました。

そして著者は、アンネの日記を読むことで、誰の目にも触れることなく消えてしまった、死者たちの想いや声を感じ取ることができるとも述べています。

物語は書いた本人やそれを読む人を救うだけでなく、そこに描かれていない無数の人々の声もまた、すくい上げることができるのかもしれません。

『アンネの日記』をまだ読んだことがない方には、道標として。

すでに読んだことのある方には、出会い直しのきっかけとして。

いろんな形で多くの人々と『アンネの日記』を結びつけてくれる一冊を、せひ読んでみてください。

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印象に残った言葉

「「優れた文学は必ず待っていてくれる」と、言われます。はじめて読んだときにはよくわからなくても、時を経て再びページをひらけば、すっと理解できることがあります」

 

「上質な文学には、ユーモアがあります。真理を描くとき、そこに必ずユーモアが生まれます。人間とは、そこに生きているだけで愛おしいーー。『アンネ日記』はその尊い真理を表現しているのです」

 

「長い歴史の年表においては、ナチスの台頭と衰退は、数行の記述でまとめられるかもしれません。しかしその数行に、人間の濃密な生が、いくつもいくつも積み重なっている。一人ひとりのかけがえのない人生が展開され、それがやがて私たちの人生へと続いていくーー。日記はそういう真理を教えてくれます」

 

「「犠牲になった無数の人々」と紋切り型で表現するのは簡単です。アウシュヴィッツの犠牲者を数値化することも可能でしょう。しかしそれは、1+1+1の集積なのです。一人ひとりの人間が重なってできた数字です。ここに、アンネ・フランクが果たす役割があると私は思います」

 

「数の多さに思考停止に陥ってしまいそうなとき、アンネという人間を知っていれば、ここでたくさんの「アンネたち」が奪われたのだと考えられるようになります。思考を止めなくて済む。数字を生きた人間としてとらえることができる。『アンネの日記』がそうした役割を持っているのだとしたら、アンネ・フランクがホロコーストのシンボルとなる意味も、十分にあると思います」

 

「トゲトゲした現実の棘の先をけずり、なめらかにしていく行為ーー。心の内にどうしても留めておかなければならない現実があるとしたら、その棘が心のひだを突き破らないようにすることーーそれが「物語化」という作業だと思います」

 

「河合隼雄先生と対談した折り、わたしがもっとも深く共感したのは、押し潰されそうに耐え難い、大きな岩山のような苦しみが、言葉というかたちをとることで頭の上から足元へと移動し、重荷から、その人自身の土台へと変わる。悲しみや苦しみはけっして消えないけれども、置き場所を変えることはできる、という発言でした」

 

「他者とつながる方向ばかりではなく、孤独を恐れず、自己の内面へ深く下りてゆく方向への旅が、人にはどうしても必要です。その旅の同伴者となるのが言葉です」

 

「なぜすぐれた文学は時代を超え、長く読み継がれるのか。考えてみれば不思議です。書かれている文章は何一つ変わっていないのに、目まぐるしく移ろってゆく時代に取り残される、ということがありません。どんなに社会や文明や人間の意識が変化しようと、その時、その時、読者が必要としている何かを差し出すことができます。読者のほうが、文章の奥に潜んでいる宝石を発見するのです。すぐれた文学は、掘り起こしても掘り起こしても尽きない宝石を、隠し持っているのでしょう」

 

「『アンネの日記』は生きています。ページのなかから生き生きとした声を響かせています。つまり、アンネ・フランクは死んでからもなお生き続けているのです。彼女の声をきちんと聴き取る責任が、私たちにはあるのだと思います」

 

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